《1》 絵付けの概要
絵付けには、グリザイユと言う特別な顔料を用います。顔料といっても成分はガラスと金属の粉です。
絵付けは、数回に分けて行い、そのつど焼成します。
焼成するたびにそれ以前に描いた部分は定着しますので、後の工程で剥がれることはありません。
このように重ね塗りすることで、重厚な深みのある絵付けピースが出来上がります。
ここで、下図を使って伝統的な(典型的な)絵付けの工程をざっと説明しておきましょう。
順序は概ね以下のとおりです。
@線描き(輪郭描き)と塗りつぶし
A陰影描き
B適宜陰影描き繰り返し
C適宜古び
Dシルバーステインやエナメルなどの低温焼成
・線描きは、黒い濃いグリザイユでシャープで勢いのある線質で描きます。
・陰影描きは、茶色のグリザイユでグラデーションを付け、絵に立体感を与えます。
・古びとは、古いステンドグラスのレプリカを作るときや修復するとき、わざと汚れと風化の跡を付ける作業です。
・シルバーステイン(フランス語でジョン・ダルジョン)は、黄色の着色をするときに用います。
王冠や馬具などの金属、聖人の光背の意匠などに用いられます。
・エナメル(フランス語でエマイユ)は、カラフルな着色を施すときに使います。
しかし、酸や摩擦に弱く、剥がれやすい着色材料です。
・また、一旦塗ったグリザイユを焼成する前に、筆や硬い串などで部分的に擦り取る「剥がし」の技法があります。
はみ出した部分の修正やハイライト(光の反射)を表現する時によく用います。
このコースでは、@〜Bを行い、さらに一般では行われていない白グリザイユを用いたオパック処理を施します。
《2》 絵付けの道具
下図が基本的な道具一式です。
名前 | このコースでの用途 | 備考 |
グリザイユ(黒) | 輪郭・陰影両用 | |
グリザイユ(茶) | 輪郭・陰影両用 | |
グリザイユ(白) | オパック処理用 | |
アラビアゴム | グリザイユの定着性向上 | ※達風通販では廃番です |
水 | グリザイユを溶く | |
ワインビネガー | (未使用) | 一般的には、線描き時にグリザイユを溶く |
ぬれ布巾 | 失敗時のグリザイユの拭き取り | |
小皿 | 水を入れておく | |
パレット | グリザイユを練る | 厚さ5mm程度の透明なサッシ用ガラス板 |
グラスミューラー | (未使用) | グリザイユを練るためのスリコギのようなもの |
ペインティングナイフ | グリザイユを練る | 油絵用を使用 |
トレーサー | 輪郭線を描くための極細筆 | ラファエル社製など |
細筆 | 陰影や少し太い輪郭線を描く | 普通の柔らか目の絵筆でも良い |
古筆 | 部分的にグリザイユを剥がす | 使い古しの絵筆などを使用 |
モップ | 陰影用のグリザイユを塗る | ラファエル社製など 普通の柔らか目の絵筆でも良い |
ステップラー | 陰影用のグリザイユを叩いて剥がす | ラファエル社製など |
バジャーブレンダー | 陰影用のグリザイユのムラを無くす | アナグマの毛で出来ており高価 |
上図で、(*)印のある2点は、今回は使用しません。ですが、簡単に用途を説明しておきましょう。
ワインビネガー(ワインで作られた酢)は、グリザイユを溶く溶剤として伝統的に用いられてきました。
主に線描きのとき用います。水で溶いた場合に比べ、ガラスへの定着性が良いです。
今まで、私はビネガーと水の両者を使い比べてきましたが、水でも問題なく描けるので、このコースでは全ての工程で水を用います。
グラスミューラーは、グリザイユを練るとき、だまにならないように、すりつぶしながら練るための道具です。
ガラスパレットの上で、円を描くようにして、水またはビネガーを含ませたグリザイユを練ります。
しかし、近年のグリザイユは粒度がとても細かいため、ここまでする必要がないと判断しています。
このコースでは、油絵用のペインティングナイフで簡単に練っています。
《3》 グリザイユを練る
パレットの上に、黒と茶のグリザイユをそれぞれ小さじ1/2ずつ、アラビアゴムを耳掻き1杯分とります(※達風通販では廃番です)。
この量は、厳密でなくていいです。極端なはなし、アラビアゴムは無くてもOKです。
その場合、筆を走らせるときにの粘り気が減少し、乾燥後剥がれ易くなります。
また色も好みですから、黒グリザイユまたは茶グリザイユのみでもOKです。
この3者に少量の水を含ませマヨネーズほどのかたさにして、ペインティングナイフで約5分練ります。
練るといっても混ぜるだけではなく、ナイフの面をパレットに押し付けて円を描くようにすりつぶす要領で練ります。
時々中央に集めながら作業を続け、じゃりっとした感触が完全に無くなり、ねっとり滑らかになればOKです。
ちなみに、作業中にグリザイユが乾いて固まってしまったら、再度水を含ませ、良く練ってやれば再生します。
《4》 準備
絵付けは、ライトボックスの上で行います。ライトボックスは買うと高価ですので、作っても良いでしょう。
原理としては、6mm以上の厚めのサッシ用ガラスの裏にトレーシングペーパーなどを貼り、裏側を電灯で照らせば良いので、
ガラスのテーブルなどを一時的に流用しても良いです。
ちなみに、伝統的な制作方法は、ガラス張りのイーゼルを窓際にたて、そこにガラスピースを蜜蝋で貼り付けて描きます。
ここで、用意するものは、下図にある練ったグリザイユとペインティングナイフ、トレーサーという極細の筆、水などです。
絵付けはピースごとに行います。ところで、今回は絵付けは全て裏面にしていきます。
表面には、ガラスが従来持つ艶を残しておきたいからです。
一般的に良く用いられる方法は、表面に輪郭の線描き、裏面と表面両方に陰影付けですが、
グリザイユを塗ると艶がなくなるので、私はだいたい裏面のみに絵付けします。これは達風流とも言えます。
ピースの絵付けする面に水をなじませます。指に水をつけて、ガラス面を隅々まで良く擦ります。
水の小さなはじけが無くなり、表面がしっとり濡れればOKです。その後、絵付けに備え一旦乾かします。
《5》 線描き(輪郭描き)
型紙を裏返してライトボックスの上に置き、その上にやはり裏返したガラスピースをぴったり重ねます。
先ほど練ったグリザイユに水を少し足して再度練ります。これをトレーサーという極細の筆に含ませます。
水を足しすぎると線が薄くなるので、パレットの上で試描きして、濃さを調整します。
ライトボックスの光で透けて見える型紙の絵をなぞるように線描きします。
まずは、しっかりとした輪郭のみ描くことにします。
基本的には、この線描きは、濃い目のグリザイユで、透けないようなしっかりとした線を描きます。
また、短い線を何度もなぞって描くのではなく、思い切ってすっと描くようにします。
これは原則論ですので、場所によっては臨機応変に(自由に)描いてください。
下図では、女性像の顔の眉や目、口などの輪郭を描いています。
ただ、当初予定していた髪の縁は、しっかりと描かないことにします。2回目以降の絵付けで淡く描くことにします。
絵付けは、数回に分けて行います(重ね塗りする)ので、もし方針に迷いが出たら、描かないでおくほうが無難です。
一度焼成すると、剥がせませんから。
また、グリザイユは焼成する前なら、簡単に洗い流せますので、失敗したと思ったら水を含ませた布巾で拭きとるなどして、
納得いくまで何度でも描きなおしてください。
動画(1分20秒)
《6》 剥がし
焼成する前のグリザイユが簡単に剥(は)がせる性質を利用して、「剥がし」がよく行われます。
これは、乾いたグリザイユを竹串や硬い筆で擦って、部分的に剥がす作業です。
剥がすことで、はみ出して描いてしまった部分を消すことが出来ますし、剥がしで模様も描けます。
下図は、はみ出した部分を消しているところです。細かい部分には竹串を用い、広い面積の時は筆を用います。
筆は、使い古して短くなった油絵用豚毛筆が良いです。
《7》 焼成
こうして、女性像の身体の線部分のみ描き終えました。
場所によっては線が毛羽立って見えますが、これは意図的にそうしています。
あまりくっきりとした線を描きたくなかったためです。
いよいよ1回目の焼成です。皆様がお持ちの電気窯にあわせて、下図を参考にしてみてください。
まず各ピースの裏面がグリザイユなどの付着物で汚れていないか確かめておいてください。
もし汚れていたら拭き取っておきます。そして絵付けした面を上にして、ピースを棚板上のファイバーペーパーの上に並べます。
グリザイユは焼成中その重みでガラス表面に定着します。
グリザイユ面を下にしてしまうと定着しませんのでご注意下さい。また隣のピース同士は離して下さい。
下図が小型電気炉を用いた場合です。焼成面積が狭いため、一度に焼成できるピースが1個〜数個です。
女性像全部を焼成するには、数回を要するでしょう(もちろん、脚や腕などはピースを小さく分割したうえで)。
下図は中型電気炉を用いた場合です。全てのピースが棚板1枚に収まりました。
このような場合、棚板1段だけで焼成します。棚板が少ないほど単時間で加熱できるので省エネになります。
あとは、ふたをして窯のスイッチを入れます。焼成中はふたを開けずに、温度計だけを頼りにします。
ステップE5、6を参考に、焼成温度に達したらスイッチを切ってください。
自然徐冷で100℃まで落ちたらふたをあけて冷やし、手で触れるようになったらピースを取り出します。
水洗いして、次の絵付けに移ります。
《8》 グリザイユの後始末
残ったグリザイユは、フィルムケースなどの密閉用に保存しておけば、次回また使えます。
他の道具は水洗いしておきます。